パレスチナ人とイスラエル人の若手監督による衝撃と奇跡のドキュメンタリー映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』が、現地時間3月2日に行われた第97回アカデミー賞®授賞式において、長編ドキュメンタリー賞を受賞した。
本作は、プレミア上映となった昨年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞。監督を代表してバーセル・アドラーとユヴァル・アブラハームが揃って登壇し、連帯を呼びかけた受賞スピーチは同映画祭のハイライトとして大きな話題を集めるも、イスラエル擁護の強固な姿勢を取るベルリン市長やドイツ文化省による本受賞への批判コメントが発表されるや大きな物議を醸した。その後も、パレスチナが置かれた現状を世界に向けて告発する注目作として各地で論争の中心となり続け、2月28日時点で11の観客賞をはじめ65もの賞を獲得するなど世界各地で圧倒的な高評価を受けてきた。しかし、アメリカ国内では政治的な事情から劇場公開しようと手を挙げる配給会社がないまま、本作の制作陣みずからの働きかけにより1月末にわずか1館で自主上映がスタート。初週の上映回が10回連続で満席となる驚異的な成績を収め、翌週には米国内20都市へと拡大。3月にかけて100館以上の劇場で順次上映を自ら実現させ、文字通りつかみ取ったといえる受賞となった。

司会者より「NO OTHER LAND」のタイトルが読み上げられると、バーセル・アドラーとユヴァル・アブラハームはお互いを労わり合うように肩を寄せ合いながら壇上へ。バーセル・アドラーは本作の舞台となるヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区<マサーフェル・ヤッタ>で生まれ育ち、自ら撮影し発信することでイスラエル軍や入植者による破壊と占領から故郷を守ろうと抵抗し続けてきた。本作では、古いビデオ映像を通して彼の父親や祖父たちも占領に抗ってきたこの場所の歴史も紐解いていく。「ありがとうございます。本当に光栄です。本当に大きなものをいただきました。2か月前、父になりました。私の娘に私と同じような生活は送ってほしくないのです。入植者による暴力や家がなくなってしまうことに怯え、私たちのコミュニティであるマサーフェル・ヤッタは追放の恐怖に毎日直面しています。そんな生活をしてほしくないんです。『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』は、私たちが耐え続けてきた何十年にも及ぶ現実を映しました。私たちは世界に対して、パレスチナ人に対する不正義と民族浄化を止めるよう呼びかけます」とコメント。
ユヴァル・アブラハームは、自身が国籍を持つイスラエル政府の不当な行いに心を痛めてユヴァルの活動に協力しようとこの場所にやってきたジャーナリストだ。2019年以降定期的にマサーフェル・ヤッタを訪れバーセルとともに活動をし、本作では不条理な行いを繰り返すイスラエル軍に対してビデオカメラを手に詰め寄る姿も捉えている。「この映画を作ったのはパレスチナ人とイスラエル人が一緒に声を合わせれば、強い声が届くと思ったからです。私たちはお互いに、ガザとそこに生きる人達の暮らしを破壊することを終わらせなければなりません。そして、10月7日の件によるイスラエルの人質は解放されなければなりません。政治的に解決する方法はあります。この場所にいる私は、この国の外交政策がその妨げになっているように思うのです。なぜですか?私たちがここに立っているのが分かりませんか?パレスチナの人達が真の意味で自由で安全ならば、私たちも本当の意味で安全でいられます。他に道はありません」とコメントし、一緒に舞台に登壇した共同監督のハムダーン・バラール、ラヘル・ショールを紹介。ふたりのまっすぐで心に訴えかける授賞スピーチに対して、会場からは終始温かい拍手が送られ続けた。
TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国順次公開中